IPSA IDEA

垣根の迷路「Leeds Castle Hedge Maze」 1988 イギリス・リーズ城

迷路を‘解く’

「メイズ デザイナー(迷路作家)」という言葉を聞いたことがあるだろうか。エイドリアン・フィッシャー氏は、38年という長きにわたって迷路を作り続けてきた稀有な存在。その分野で世界を牽引してきた。迷路にかける思いは果てしなく、新しさとユニークさに満ちたアイデアで子どもたちを、大人たちでさえも、心おどる冒険へと誘う。迷路を作る理由と、攻略していく楽しみについて聞いた。

攻略_エイドリアン・フィッシャー

迷路への情熱

敷石の迷路「Path in Grass Maze」 2007
 チェコ・ロウチェニュ城

 アメリカの大企業ITTでコンサルタント、アナリストとして働いていたエイドリアン・フィッシャー氏が会社を辞め、プロとして迷路を作り始めたのは27歳のときのこと。幼い頃からパズルやゲームが好きだった少年は、父親が所有する2ヘクタール(20,000㎡)ものイングリッシュガーデンに大型の迷路を作ったこともあるほど。「限られた人生、働く時間も含めて少ない。だから好きなことや得意なことをするべきだと思ったのです」と笑う。

鏡の迷路「Professor Crackitt's Mirror Maze」 2017
 シンガポール・シンガポールサイエンスセンター

以来手がけてきた迷路は世界40か国、700以上にも及ぶ。彼の迷路にはさまざまな仕掛けがあり、鏡やタワー、橋、噴水までもが配置されていたり、突然海岸が現れたり、思いもかけない素材やデザインを駆使して、攻略への道のりを楽しませる。

攻略する楽しみ

垣根の迷路「Butterfly Lovers Hedge Maze」 2017
 中国・寧波
垣根の迷路「Murray Hedge Maze」 1998
 スコットランド・スクーン宮殿

 迷路は、冒険しながら決断し、今まで想像もつかなかったことを発見する醍醐味を宿すもの。攻略の過程を通して人を成長させ、一緒に体験した人びととの絆を濃く、人生を豊かにしてくれる壮大なエンターテイメントだ。「迷路にはゴールを目指すだけでなく、作品に込められたストーリーや日常生活では得られないプロセスを楽しむという意味もあります」。

垣根の迷路「Murray Hedge Maze」 1998
 スコットランド・スクーン宮殿
垣根の迷路「Butterfly Lovers Hedge Maze」 2017
 中国・寧波

 ロケーションが持つ特性や伝統を踏まえてストーリー性の高いコンセプトを構築してきたことも、彼の迷路が支持され、愛されてきた理由である。たとえば世界最大としてギネス登録された中国の迷路は、「バタフライ・ラヴァーズ」という民話にインスパイアされたもの。迷路をたどると物語が伝わるような仕掛けを施している。

クリエイションの視点

水の迷路「Beatles Maze」 1984
 イギリス・リバプール国際ガーデンフェスティバル

 「迷路は音楽や映画などと同じようにストーリーがあり、設営地独自のカラーを絡めた芸術的な表現です」。迷路を設計する際には、その土地の歴史を徹底して追求し、深い洞察をもとにストーリーを作り上げていく。デザインを練る際には、ストーリーをなぞり、詩をしたためたり、それにふさわしい音楽を聞きながら、人びとが迷路の中を楽しみながら攻略し練り歩く姿を想像してイメージをふくらませる。だからこそ、一つ一つに語るべき世界観がある。

モザイク画「Lion Rampant Maze」 1990
 イギリス・ワークソップタウンセンター

 また、迷路を解く感覚で路線図にも強い関心を抱き、その仕組みや問題点を研究する。ロンドンバスには自主プレゼンし、実際にマップ制作に関わった。「数字・色・線と点・線の太さ・形だけで、複雑なネットワークでもシンプルに、誰でも分かるように示すことができます」。
 どんなものも、彼の手にかかると美しく図式化される。まるでモザイク画のように。

美は人生そのもの

エイドリアン・フィッシャー氏自宅の庭

 イギリスに生まれ育った彼は、イングリッシュガーデンをこよなく愛する。イギリスの哲学者フランシス・ベーコンの言葉“God Almighty first planted a garden. And indeed, it is the purest of human pleasures=まず神は、植物を植えて庭園を与えた。それは、人間にとって真の喜びとなった”を挙げ、「私の人生には、庭園が当たり前のようにそばにあった」と述べる。庭園から得た美意識は、迷路創作に間違いなく活かされている。

敷石の迷路「Private Garden」 2000
 アメリカ・ロックスベリー

 また「数学的な図形やそれらの組み合わせによるパズル的な構図が自分にとっての究極美ですが、人としての魅力は、内面から湧き出る美しさではないかと思っています」とも。好きなことや物、人に囲まれて暮らすところから幸福が生まれ、内なる美が磨かれると感じている。
 迷路は彼にとって数学的洞察力の結晶であり、美しさの体現である。同時に、人生を豊かにしてくれるものでもあるのだ。

プロフィール

Adrian Fisher(エイドリアン・フィッシャー)

世界的に知られるイギリス人のメイズデザイナー(迷路作家)。革新的なアイデアを駆使し、発見と楽しさにあふれる迷路の数々を生み出す。38年かけて築いてきた迷路は世界40カ国、700以上にのぼり、宮殿や城、サイエンス・センター、庭園、都市の中心地などさまざまなロケーションで展開されている。鏡や植木、水、モザイク、建築物、音、光、電気からイリュージョンやパズル、マルチ・メディアまで、特別な演出を応用しながらユニークなインスタレーションを生み出す。9つのギネス世界記録を持つほか、優れた創造性で世界を切り開くクリエーターとして、2003年に米国ノックスビル・テネシー大学のRisorgimento賞を受賞。多くの著書を執筆すると同時にTVやラジオでも活躍する。