「コロナを経験したことと『Shari』の制作を通して、それまでは漠然と感じていた、世の中や世界に対しての違和感がはっきりとクリアになったんです。地球温暖化や、自分でお米や野菜を育てたり、自分の手で生き物を殺さなくてもご飯が食べられる状況があること。言葉にはしにくいけれど違和感があったそれを、具体的に体で感じてしまって。ほかにもいろいろな要素が重なったこともあり、調子も体調も狂ってしまったんです」
「それでも、生きることや作品を作ることが“やりたいように”ではなく、“あるべきように”できたらいいなと思いました」と吉開さん。言葉では表現できないような大きな変化に対して、吉開さんが自身の内面と向き合うために向かった先は禅寺でした。
「1番大きかったのが、白米の美味しさに気がつけたこと。それまでは、食べることをおろそかにしていたんですよね。時間を短縮するために出来合いのものだけで済ませたり、必要な野菜は飲み物だけで摂っているつもりになっていたり。禅寺では、まず最初にお茶碗を両手で持ち、箸を持ち、白いご飯を最初に食べる、という食事の際の作法があります。そのときのご飯が感動するほど美味しくて“食べ物=自分”なんだという実感が湧き、食に対しての考えもがらりと変わりました」
「体の内側がすっきりすることで、精神や生き方にもいい影響をもたらしている気もしています。そして、内臓の調子がいいと気持ちが前向きになりやすいですね。長年悩まされていた便秘が食生活を改善したことで解消されて、それに伴い肌も元気になった気がします」